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第60回 定期演奏会 (大久保理紗さん)を聴いてきました。(12月18日)

 投稿者:kuma  投稿日:2011年12月19日(月)00時45分9秒
返信・引用 編集済
  この冬一番といわれた前日の寒さが少しだけ緩んだ日曜日でした。開場時刻の少し前に
到着した新神戸は、さすがに街中よりもいく分風が厳しかったですが、身をすくめる
ほどの寒さではありませんでした。空は、少しだけ雲の出た青空で、なかなか気持ちの
よい陽気となりました。

記念すべき第60回の定期演奏会にご出演になったのは、現在京都市芸大の大学院に
在学中の大久保理紗さんでした。しかし、まだ学生かとあなどるなかれ、今年の3月に
行われた第4回の神戸芸術センター記念ピアノコンクールでは、少なくとも私の中では
「入賞」していたすばらしい演奏を聴かせてくれた方なのです。二次予選も本選も聴き
ましたが(もちろん匿名なので、そして学生なので、誰なのかまったく知らない状態に
おいてです)、その時のメモを読み返すと、賛辞があふれています。

二次予選。ペトラルカのソネット:「最初のたっぷりとうたわせるところの響きと音が、
とても清らかで澄みわたっていて、心地よい」「鍵盤のストローク中間のエスケープ
メント近辺の微細な表現をこれほどまでに完璧にできるとは(しかもプレイエルで!)
信じられない。(この二次予選で)思ったように弾けないことをピアノのせいにはでき
ないと思わせる。」 シャコンヌ:「ピアニスト独特の息づかいがあって印象的。
しかし音はどこまでもしっかりきれい。」などなど。
本選(最後の最後でした)。無調のバガテル:「難解な曲でも聴き手がキチンと聴ける
だけの説得力のある演奏。決して叩いていないのに、聴いていて気持ちが昂揚してくる。」
 ピアノソナタ・ロ短調「曲の展開が明確でメリハリがあり、長~いソナタなのに集中が
切れずに聴くことができる。なにより感動的に音の描く世界に浸ることができる。」
「寄せては返す波の、その波の引いた砂浜にきらめく貝殻を見るような弱奏はもうこれ
以上ない美しさでたまらん。(朝からずっと聴いてきていい加減疲れてきていたが)
名演奏に完璧に覚醒した!」

こんな具合です。あらためてメモを読み返すと、当時の感動がよみがえってくるの
ですが、今日の演奏は、その再現にとどまりませんでした。(ピアノはベヒシュタイン)

1曲目のシューベルト:D899がすばらしかった。第1曲、通常よりもかなりゆっくり目の
テンポで演奏されたのですが、「間延び」して感じるどころか、とんでもない充実度で、
一つ一つの音に込められたメッセージの密度が尋常でなく、くわえて、コンクールで感動
した繊細さを極めたため息が出るほどの美しい音は相変わらずで、この第1曲だけで大曲を
聴いたかのように心が満たされました。そして、もちろん、続く3曲もそれぞれにすばら
しく、第2曲では、ベースの一音一音が、弱奏なのにくっきり明瞭に浮かび上がってくる
のを聴いて瞠目し、第3曲では、温かい木の響きにつつまれた中での、微妙にためる独特の
うたわせかたが印象的で、第4曲では、細かい音符が精確でなおかつ表情豊かに移ろって
いくさまに、限りない表現の豊かさ・幅を感じました。

2曲目のシマノフスキ:マスクでは、コンクールでの無調のバガテルと同様に、CDを聴い
ても今一つとらえきれなかったこの曲の「美」のありかをはっきりと教えてくれる演奏で、
まるで幻想的な音絵巻を見ているかのようでした。強奏・連打もけっこうある曲なのです
が、力任せにピアノをギャンギャンうならせない、抑制の効いた演奏が魅力的でした。

後半最初のシューマン=リスト:献呈。ものすごくやさしい弱奏から入り、宝石のように
きらめく音と独特の緩急のある息づかい、そして、澄み渡った青空にそよ風のように吹き
抜けるハープのような響き。コンクールの時の感動が、いっそう深みを増してよみがえっ
てきました。

最後はリストのピアノソナタ・ロ短調。コンクール同様、曲本来の尺の長さを感じない
演奏でした。大久保さんの演奏全体に共通すると思うのですが、スッキリとした輪郭が
明瞭な音が、どんな強奏でも全力疾走でもけっして融着せずに音場を満たしていくのが
とても印象的です。そしてこのことは、リスト作品を嫌味なく華麗に聴かせてくれる
ものだと思うのです。

はや60回を重ねた神戸芸術センターの定期演奏会は、期待にたがわぬ名演奏を堪能する
ことのできる充実したものとなりました。
 
 

第59回 定期演奏会 (油木奈緒子さん)を聴いてきました。(11月26日)

 投稿者:kuma  投稿日:2011年12月19日(月)00時36分38秒
返信・引用 編集済
  11月最後の土曜日は、雲一つない快晴の温かい日でした。紅葉と澄み渡った青空とのコントラスト
が鮮烈で、入館する前に思わず何枚も写真を撮ってしまいました。

油木さんは神戸芸術センターでは3回目のリサイタルですが私が聴いたのは今回が2度目になり
ます。1回聴けなかった分は、2009年12月20日の第24回定期演奏会でした。この日、私は同時刻に
御影に、つまり、すぐ近くで同じ空の下にいました。演奏会が終了する頃の夕刻は、今日とは対照
的に、身を切る風が吹きすさび、雲がどんどん流れていく、凍てつく冬の空だったことをくっきりと
覚えています。

ところで、初めて油木さんを聴いたのはなんと、2008年4月20日の第2回定期演奏会。この演奏会の
印象は強烈でした。私はこの時、生まれて初めてベヒシュタインの音を聴いたのですが、最初の曲が
バッハ平均律の第1巻第22番だったこともあり、祈りの気持ちがそのまま音になったような非常に
神々しい声でうたうピアノの音に、気持ちが吸い込まれていくような思いをしました。私の中の
油木さんの記憶は、この第22番と分かちがたく結びついているのです。

その油木さんの演奏をおよそ3年半ぶりに聴くことになりました。第I部に白銀のドレスで登場した
油木さんの1曲目は、今回は、スカルラッティのソナタ(K.162)。アンダンテもアレグロも、ベヒ
シュタインらしい輝きのある澄みきった音が、まるで天から降り注いでくるようにホールを満たし、
最後はひときわ光量を増した音で締めくくられました。すばらしい。

続いてベートーヴェンの第31番。第1楽章、細くて柔らかい線でつづっていく、しかしくっきりとした
輝きを放つ旋律の美しさが印象的でした。第2楽章、クレッシェンドしてくる部分でも、必要以上の
興奮を排した抑制の効いた演奏がピアノを叫ばせずに、どこまでも美しく強い音を聴かせてくれま
した。第3楽章、この上ない弱奏部分の語るメッセージにはかぎりなく深いものがあり、息が詰まる
ほどに聴き入ってしまいました。そして大きく揺さぶられる心。「嘆きの歌」からフーガへ至る部分
では、3年半前のバッハを髣髴するところがあり、最後は天上に昇りつめるかのようでした。客席の
水を打ったような静寂は一転、喝采に変わりました。

リストのバラード第2番。次のハンガリー狂詩曲第12番とともに、渾身の強奏をそこに聴きましたが、
音の分離がよく、響きが独特で、空気感があるというか、息苦しさがないというか、ほんとうにスッ
キリと気持ちよく聴けるなぁ、と思って聴いていました。そして、リスト作品特有のやや装飾的な
部分でも、少しも小うるさく感じない、上品にきらめく音符たち。過剰ではないけれども、音楽に
血が通うたしかな息遣い。どちらの曲も、名曲とはいえ、弾き手によっては途中で食傷気味になっ
てくることもあるのだけれど、この日の演奏はどこまでも気持ちが逸れることがありませんでした。

第II部では深いワインレッドにドレスチェンジ。最初は、リストの愛の夢第3番。やはり繊細で優美
な深い音。そして、最弱奏が、これまでに聴いたことがないほど、恐ろしいほどに安定していて、
大きく息を呑みました。

最後がショパンのピアノソナタ第3番だったのですが、ここまで聴いてきてさらに強く思うように
なったことがありました。それは、上にも書きましたが、油木さんの演奏は「響きが違う!」という
こと。音響的にデッドだと評されるこのホールで、ベヒシュタインの高音部分が、とくに強奏の際に、
詰まった感じが全然しないのです。まるで違うホールで聴いているかのように、どこまでも気持ちの
よい残響。霧がすうっと晴れていくような音の消え方なのです。もちろん、他の音域もそう。響きが
とてもなめらかにつながっていく感じ。3年半前に油木さんが弾くベヒシュタインを生まれて初めて
聴いて感動を覚えたのは、こういうことだったのかなぁ、と今になってその理由の一端がわかった
ような気持ちになりました。

アンコールにはコンソレーション3番。今年は何度聴いたことか。油木さんの弾く3番は、心の中に
ある原風景が、やや愁いを帯び、微妙な揺らぎ感をもって目の前に浮かび上がるような感じがあり
ました。心に深く滲み入る、締めくくりの一曲でした。

神戸芸術センターのオープン直後に初めてベヒシュタインの音を聴かせてくれたピアニストさん
との再会は、美化されがちな思い出さえも超えてしまう、芸術的感動を与えてくれるものでした。
(20120109了)
 

第18回 New Star Concert (チョウ・ジュンスクさん)を聴いてきました。(11月19日)

 投稿者:kuma  投稿日:2011年12月19日(月)00時36分1秒
返信・引用 編集済
  当日は朝からあいにくの雨で、しかも強い風雨でした。第1回の神戸マラソン開催を翌日に控えて
いたこともあり、なんとなく外出気分にはならない日だったようです。順序は前後しますが、
終演後に立ち寄った三ノ宮のカフェのマスターも、今日は三ノ宮界隈、商売あがったりの状況だった
と話していました。

このような悪条件の中で開催されたチョウさんのNSCですが、プログラムは重量級でとても充実して
いました。ベートーヴェン、ショパン、ラフマニノフのソナタが揃い踏み、それにモーツァルト、
リスト、ドビュッシー、ラヴェルの、小品とまでは言えないかもしれないけれど、比較的短い作品が
加わります。聴き手にとっては、これ以上に楽しいプログラムはありませんでした。

会場のシューマンホールに入ると、なんと!ステージにはインペリアルが鎮座していました。
ACoKで音楽を聴くようになって以来、シューマンホールの中でインペリアルを見るのは今回が
初めてでした。290センチの巨大ピアノが、あの狭い入口からこのホールの中に搬入できるのだ
ということを知って驚きました。

演奏は、前半のモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、がすばらしかったです。「きらきら星
変奏曲」では、モーツァルトをベーゼンドルファーで聴くと値打ちがあるなぁーと感嘆しました。
変奏の中で移ろっていく微妙な響きの違いがこまやかに表現され、強奏でクレッシェンドしてゆく
ところでもぜんぜんうるさく感じないのです。「レゾナンスボックス」と呼ばれるベーゼンの構造が、
デッドなホールの音響を補って、そしてもちろん、この小ホールの中で「弾きすぎ」にならない加減を
正確に感知するピアニストの鋭敏な感性もあり、とても気持ちのよい響きにホールが満たされました。
ベートーヴェン「ピアノソナタ第6番」でも同様で、メタリックでギラギラしたところのない、分厚い
けれどまろやかな響きと、それを奏でる体幹が安定した美しい(ピアノと一体化しているような)
弾き姿が印象的でした。

ショパンの「葬送」では、第3楽章のあの旋律がインペリアルで弾くと弱奏でも非常に深く響くし、
中間部の静謐な旋律もまたインペリアルならではの宝石のように美しさを見せるし、さらに、葬送
行進曲の強奏部分ではエクステンドベースが効いてほかのピアノでは絶対に表現できない底知れぬ
悲痛の淵に巻き込まれていくような感じを受けるし、で、このソナタをインペリアルで弾くことの
意義を強く感じました。

演奏会の後半では、最後のラフマニノフ「ピアノソナタ2番」で、「あれ?」と思うところがあり
ました。演奏がなんとなく大味に感じられるようになったのです。前半であれだけ繊細な演奏をした
人が、なぜ? と聴き手として若干の戸惑いを感じました。演奏会終了後にお話を伺う機会があり、
あえてそこに水を向けてみると、宜乎、弾き始めて早々にちょっとしたアクシデントがあり、やむを
得ずそのまま弾き続けたので、その影響が出てしまったとのことでした。それにしても、アクシデント
があっても最後まで止まることなく弾き通すことができる、というのは考えてみるとすごいことだ
なぁ、と鍛錬を積んだピアニストに備わっているバッファというか、マージンというか、とっさの
場合にでも対処できる幅の広さに敬服しました。

最後は妙なところでピアニストの実力が発揮されることになったのですが、「シューマンホール+
インペリアル」という初めての組み合わせの演奏を、「興味深く」を超えて「感動的に」聴くこと
のできるリサイタルでした。(20111228了)
 

第58回定期演奏会(人見友章さん・沙世子さん)を聴いてきました。(11月6日)

 投稿者:kuma  投稿日:2011年11月19日(土)22時19分13秒
返信・引用 編集済
  前日の午後から降っていた雨が、開場のころにちょうど上がりかけるタイミングでしたが、
11月とは思えぬ蒸し暑さを感じる午後でした。

ピアノはインペリアル。場内アナウンスは先日お目にかかった外国人社員の方で、なかなか
流暢な日本語でした。アクセントの一部に「お国なまり」のようなものを感じるところは
あるのですが、日本人の方言の方がある意味でもっと「なまり」が強いかも、と思える
くらい、自然な発音でした。センターもいよいよ国際的になってきましたね。

演奏は、本来、人見友章さんのリサイタルでしたが、過去にNSCで演奏会を開催されて
いるお姉さんの沙世子さんが後半から加わる構成になっていました。私は、友章さん、
沙世子さんいずれの演奏もこれまでに拝聴したことがあり、今でもその時の光景が脳裏を
よぎるほど印象的な演奏会だったので、今回は別々ではなく「共演」ということでもあり
大いに期待してこの日に臨みました。

前半にソロで演奏した友章さんの音は、雨模様だったにもかかわらずとても気持ちのよい
音で、友章さんの特徴だと個人的に思っている、やさしくて素直な音が今日も聴けました。
最初の曲であるメンデルスゾーンの無言歌では、インペリアルがもっともリラックスして
歌う声がこんな音なのだろうな、と思える演奏で、その美しいメロディの数々を、妙な
風味付けをすることなく、まっすぐに歌い上げるさまが印象に残りました。

とはいえ、それは弱々しい薄っぺらの音というわけでは決してなく、むしろその逆で、
客席で聴くインペリアルの音としては、これまでにないほどの存在感があり、旋律は、
柔らかいけれども太い線でくっきりと描かれました。いつもほぼ同じ座席で聴いている
のですが、今日はまるで半分くらいの距離で聴いてるかのような感じでした。

次は、プロコフィエフの「シンデレラ」からの4曲。この時代の夜の灯火のきらめきを
感じたり、まるでオーケストラのような豊かな響きが聴こえてきたり、と多彩でした。
強奏では、まるで空間の密度が上がるようなしっかりとした音圧を感じる音が体にズン!
と響きましたが、それでいて一音一音はどこまでもスッキリしていて、いろいろな成分が
秩序なく混淆してうるさく感じるようなことが一瞬たりともないのです。最後のワルツ・
レント(Op.95-3)では、ゆったりと揺蕩うように弾き進み、静寂の中に溶け込むように
してプログラムの前半が終わりました。

休憩をはさんでの後半、いよいよ沙世子さんの登場です。1台4手の連弾で、沙世子さん
はプリモに座りました。結構長い間を取って、ピアニストも聴衆も集中度をぐっと高めた
状態で始まったシェラザード。第一楽章はシャリアール王のテーマからシェラザードの
テーマへと進みます。オーケストラではヴァイオリン独奏で演奏されるシェラザードの
テーマ、ピアノ連弾版で初めて聴いたそれは、予習で聴いていたカラヤン指揮・ベルリン
フィルの録音が色あせて聴こえるほどの、息遣いのある最高に美しいインペリアルの音で
奏でられ、感動スイッチが入りました。その後に出てくる波のうねりを思わせるような
音形もほんとうに美しく、抒情的で上品な輝きに満ちた音がどんどん引き出されてきました。

しかし、感動はそこで終わりではありませんでした。第二楽章、シェラザードのテーマに
続いて始まるカランダール王子の物語、その冒頭部分(「カランダール王子のテーマ」で
いいのかな?)はもう、たぶん生涯忘れることができないでしょう。インペリアルで弾く
ピアノ連弾版の最高の魅力がそこには凝縮されていました。中音から次高音で歌う旋律と
それを支える完璧に調和した低音部は、耳に届いた瞬間に身動きができなくなってしまう
ほどの、抗いがたい美の重力のかたまりといった感じで、この感覚を表現する言葉が容易
には見つかりませんでした。いやー、ほんとうに、インペリアルはこれまでに約10年に
わたってほれ込んで・聴き込んできているわけだけれど、これほどまでに美しい響きは、
まあ4手ならではという面があるとはいえ、これまでに耳にしたことがあるのだろうかと、
思わず遠い記憶の糸をたぐってしまいました。

人見さん姉弟が連弾するシェラザード、ある意味でオーケストラ以上のめくるめく色彩感
で展開し、音の柔らかさと甘さを際立たせた演奏からタイトな疾走感のある強奏まで、
感動スイッチが入りっぱなしの状態が続きました。そして第四楽章では、最後の一音を
残響が完全に消え去るまで見送って、この日のすべてのプログラムの締めとなりました。
この余韻を大切にしたいということであえて、アンコール曲の演奏はありませんでした。

「言葉にならない」ということを実感してしまう、美しすぎる音と響きに浸った演奏会で
した。


 

公式Webサイトが大幅に更新しました。

 投稿者:kuma  投稿日:2011年11月 6日(日)01時20分32秒
返信・引用 編集済
  神戸芸術センターの公式Webサイトが、おそらくサイト開設以来といってもいいほどの
大幅な画面デザイン変更をしています。
トップページのフラッシュ画像は、アクセスするたびに(現時点で)6枚の画像がランダム
に切り替わる方式になり、スライドショー的に次々と変わることはなくなりました。
その代わりに、定期演奏会とNSCのページに切り替わった時に、今後の演奏会の出演者の
イメージが次々と表示されるようになりました。

内容的に注目されるのは、「芸術劇場」の紹介ページで、「使用可能なピアノ」が従来の
5台から3台になったこと。ザウターとブリュートナーが姿を消しているのです。そして、
「音楽ホール」の紹介ページを見ると、シューマンホールにベーゼンドルファーとベヒ
シュタインの2台が、ショパンホールにプレイエルがそれぞれ割り当てられていて、
プロコフィエフホールには「200インチスクリーン常設」とだけ書かれています。

第3回までのピアノコンクールでは、2次予選においてピアニストの一番人気と二番人気
を分け合っていたと言われる二台のピアノの名前が見られなくなったのはとても残念です。
ブリュートナーについては、先日も若手実力派ヴァイオリニストさんが、このピアノの音色
を激賞していただけに、弦楽器アーティストを募集している一方で、弦とのアンサンブルに
よく合う音色を持ったピアノが姿を消すのはさびしいものがあります。
ザウターに至っては、センター開業以来、ある意味でもっとも出番のあった(つまり、
ピアニストの表現への欲求に応えてきた)ピアノなだけに、そして日本にこの一台しか
なかったピアノであるだけに、大きな喪失感を感じている人は少なくないことでしょう。
これまでにザウターで聴いた数多くのすばらしい演奏会の記憶が、次々と思い返されて
きます。

なお、サイトリニューアルの日付は、公式Webサイトでは11月4日となっていますが、
10月26日には現在と同じデザインになっているのを確認しています。この日はまだ
リンクに不具合(定期演奏会とNSCのページがリンクされていなかった)がありました
が、翌日にはキッチリと訂正され、現在とほとんど同じ状態での運用が始まっています。
 

第57回定期演奏会(三浦夏実さん)を聴いてきました。(10月9日)

 投稿者:kuma  投稿日:2011年10月10日(月)21時49分8秒
返信・引用
  実質4か月におよぶ節電休演を経て、再開した最初の定期演奏会でした。週末から晴天続き
でしたが、昼間は汗ばむほどの陽気で、上着がいらないほどでした。

久しぶりに足を踏み入れた芸術劇場は、エントランスに取り置きチケットのコーナーが
できていて、たくさんの封筒が並んでいました。この秋からACoKの自主公演ではチケット
の予約(当日精算)ができるようになったのです。自主公演のチケットは「ぴあ」のよう
なシステムには乗っていないので、とりわけNSCのような席数が少ない会場での公演では、
確実にチケットを手に入れるのに重宝します。

お客さんは開演時間近くになっても続々と入ってきて、なかなかの盛況でした。ACoKは
駅前の立地なのだけれど、初めて訪れる際には、大きな道路と長い信号に阻まれて、
駅の改札口から玄関までたどり着くのが意外と難しいのです。演奏会は少しだけ遅れて
始まりました。

裾やウエストなどに銀のアクセントの入った真っ白なドレスで登場した三浦さんは、
今日のピアノ、ベーゼンドルファー(インペリアル)の前に座り、プログラムの一曲目
「ペトラルカのソネット第104番」の演奏が始まりました。
「おぉー、インペリアルの音やー、懐かしいなぁ」と久しぶりに再会する芸術劇場の
インペリアルのちょっと「泣き」が入ったような繊細な音色に感動しました。そういえば、
この夏は、他の会場でもインペリアルの音は聴く機会がずっとなかったのです。

三浦さんの今日のプログラムは、リスト生誕200年にちなんで全曲リスト作品だったの
ですが、超絶技巧でガンガン攻めてくるだけのリストではなく、作品に宿る繊細で深い
精神性の側面にも光をあてた演奏でした。ピアノにインペリアルを選んだことの意味を
しっかりと感じる弱奏の美しさが際立ち、「アヴェ・マリア」と「ため息」では、この
ピアノの最高の声がひき出されていると感じました。

とはいえ、聴きどころはもちろん弱奏だけではありません。最後に演奏された「スペイン
狂詩曲」、これはプログラムの最後を飾るすばらしい演奏でした。分厚い和音と煌めく
高音の冒頭部分に続く、フォリアの主題を低音でうたうところ、弾いた音の響きが十分に
開いてくるまで十分な間を取った演奏に瞬時にしてしびれてしまいました。その後はもう、
三浦さんが描くこの作品の世界の中にどんどん没入して行きました。途中の弱奏も、
後半の疾走する強奏も、クライマックスに向けてたたみかけてくる音の激流も、一瞬たり
とも気持ちがそれることのないintensiveな演奏でした。

アンコールでは、三浦さんの謝辞につづき、コンソレーション第3番が演奏されました。
南三陸町での復興支援に派遣されている谷口博章さんが現地で演奏したこの曲、神戸でも
二回聴きましたが、個人的には、この曲を聴くと(阪神大震災も含めて)震災前のおだやか
な海のきらめきを髣髴とします。今日の定期演奏会でもこの曲が聴けたことは幸運でした。

最後に、三浦さんは三方に深々と礼をしてこの日の演奏会は幕を下ろしました。
 

10月1日 第17回 New Star Concert (高石香さん)を聴いてきました。

 投稿者:kuma  投稿日:2011年10月 3日(月)00時30分11秒
返信・引用 編集済
  「ジグザグ残暑」と言われた気温変化が激しい9月を経て、10月1日は、ようやく本格的な
秋の到来を実感させるさわやかな気候となりました。

節電休演を経て3か月と19日ぶりに入館したACoKの音楽ホール(シューマンホール)には、
懐かしさを通り越して、ある種の新鮮さを感じるようなところさえありました。
考えてみれば、その「新鮮さ」の理由はいくつかありました。一つはシューマンホールに
ピアノがベヒシュタインだったこと。常設ピアノはザウターだったので、これまでにこういう
組合せってあったかなぁ?と何度も思い返しました。(ベヒとベーゼンは、これまでは
基本的に芸術劇場=大ホールの常設ピアノだったのです。) また、スタッフの方にも新しい
顔が。民間企業なのだから当たり前のことなのだけれど、会社や建物は同じでも、従業員は
どんどん移ろっていきますね。3か月のギャップがあったのでそのことが一層強く感じられ
ました。

さて、肝心の演奏会ですが、休演期間があったことを感じさせない、ほぼ満席の大盛況でした。
年齢層も、ピアノを練習中の児童・学生から熟年まで、男女を問わぬまんべんのない顔ぶれで、
なかなかいい感じでした。

演奏をしたのは、定期演奏会のチラシを細かいところまで見ている人は気づいていたと思い
ますが、節電休演前の最後の定期演奏会を6月11日に行った務川慧悟さんの師匠にあたる方。
師弟でのピアニズムの継承を感じさせる演奏でした。
第1部の1曲目のヘンデル作品(組曲第5番)では、いかにもベヒシュタインといった音とは
一味ちがう温かくてふくらみのある音と、変奏部分での独特のうねり感をもった表現が印象的
でした。
2曲目、メンデルスゾーン幻想曲から早くも、アクセル全開といった感じで、第3楽章の
たたみかけてくるところは、これで最後の曲にしてもいいんじゃないのと思えるほどの
気迫と緊張感に溢れるものでした。じっさい、演奏終了後のMCトークで息が上がっていた
のが印象的でした。
3曲目はリストのハンガリー狂詩曲第12番。最初は温かくやわらかい印象だったピアノから
しだいに鋭い光を放つ音色が出てくるようになってきました。こういう変化がコンサート
調律がなされたグランドピアノの演奏を聴く醍醐味です。昂揚する曲末に向けて、華奢に
さえ見えるお姿からは想像もつかない力をみなぎらせて、息もつかずに曲末まで全力疾走を
した感じでした。

休憩をはさんで第2部はシューマンのクライスレリアーナのみにあてられました。第1部の
最後の強奏の印象が残る中、第1曲中間部での弱奏がとても印象的でした。その前後の
噴出してくるような音の渦にもピアニスト独自の質感があり、弱奏同様に強く印象に残り
ました。
一番の聴きどころかもしれない第7曲は、目が覚めるように切れ味のよい演奏で、テンポも
速く、さらに、今日は手元の見える席に座っていたのですが、こういうフレーズを弾いている
ときの手指の動きが、アスリートの超美技を見ているように美しくて、目に焼き付きました。

アンコールでは1曲目がリストの愛の夢第3番、そして最後がなんと、ラ・カンパネラ。
ただ正確に迫力のある演奏がなされただけではありません、息の詰まるような弱奏から
この日一番のきらめきを見せる高音を含む変幻自在の音色まで、そしてメロディーがうたう
ことうたうこと! ピアノの表現力のすべてが凝縮されているような演奏でした。

「こんなの、アンコールに弾く曲じゃないよねぇー」という客席の感嘆とも喜びともつかぬ
声の中、ACoKの自主公演再開の初回は、大盛況のうちに閉演しました。


 

ほぼ半年ぶりの書き込みを前に。

 投稿者:kuma  投稿日:2011年10月 2日(日)23時13分12秒
返信・引用
  管理人のkumaです。べつにこれといった理由はなかったのですが、この掲示板への
書き込みは半年近く滞っていました。
この間も、定期演奏会はほぼすべて聴きに行き、感想もしたためていたのだけれど、
なんとなく公開する意欲が湧かなかったというか、スケジュールが忙しすぎてへこたれて
いたというか…。(4月から6月なんて、見返してみると、E135 Diary の記事を月に
二つしか書いていないという事実!)

それに、この掲示板システムの特性(前の日付の記事を後から挿入することができない。
まあ、考えてみれば掲示板としては当然の性格)もあり、4月の記事が書けていないと
ずるずるとそれ以降の記事も書けないという状況が続いていたのです。

この間、神戸芸術センターは7月から9月までの「節電休演」(自主公演のみ)など、
いろいろと記しておきたい出来事があったのですが、先に10月の記事を書いてしまうと
順番が時系列にならないので、その空白の6か月を埋める記事の置き場所としてこの
書き込みを置いておこうと思います。一つの記事の中に混在することになりますが、
今後、おいおい覚書を追加していければと思っています。
 

Re: 定期演奏会

 投稿者:punyu  投稿日:2011年 4月24日(日)09時18分43秒
返信・引用
  > No.252[元記事へ]

個人的な書き込みにご丁寧にお返事いただきありがとうございました。

エントランスホール内におさまりきらないほどお客さんがいらっしゃることもあるのですね。
私はまだ2回しか聴きにいっていませんが、2回ともさびしい感じでした。
なので、あまり宣伝というか周知というかしていないのかな? もったいないなぁと思ったので質問させていただきました。

kumaさんのおっしゃるように、近隣地域の音大や音楽学部と連携してお客さんにきていただけるようになればいいですね。学生さんは勉強のためにも、是非いろんな方の演奏を聴いて欲しいと思います。

クラシックがもっと一般的になればいいですね。
 

Re: 定期演奏会

 投稿者:kuma  投稿日:2011年 4月23日(土)02時38分11秒
返信・引用
  > No.251[元記事へ]

punyuさんへのお返事です。

admin.のkumaです。書き込みありがとうございます。というか、この掲示板に
自分以外の書き込みが入ることはめったにないので、ちょっと感動しています。

お尋ねの件ですが、「いつも」という形で平均することが難しく、入るときは
驚くほど入っているし、入らない時はかなりさびしい感じです。
まだ記事を書いていないけれど、17日は開場前に並んだ行列がエントランスホール内に
おさまりきらず、敷地をぐるりと取り囲むくらいのお客さんが来ていました。

この違いはどこからきているかというと…、

なんて書くと、センターの関係者か?と思われるかもしれませんが、私はまったくの
部外者で、いつでも聴きに行っているものだからスタッフの皆さんと面識はあります
が、彼らが社内でどんなことを話し合い、決めているのかについては、まったく知り
ません。ゆえに、状況証拠からの推測ですが、

どれだけお客さんが集まるかは、基本的に演奏者自身の営業次第、といった感じです。
センターは、「招聘」という形で定期演奏会を主催しますが、一般のイベンターの
ように、満席にするためにあらゆる手段を通じて集客をするようなことはしていない
ように思えます。

出演者(ピアニスト)も、最初から、本当に聴きたい人が少数来てくれればよいと
思っている人もあり(実際、"Big Name" でないクラシックアーティストの演奏会
では200人も集まれば「大盛況」なのだと思います。京阪神の著名クラシックホール
でも席数はそれくらいです)、他方で、「ハレの舞台」としてすごい熱意で取り組んで
いる出演者もあり、それはそれで気分がとても昂揚するすばらしく印象的な演奏会と
なっています。

いずれにしても、私の経験では、演奏のクォリティとして失望したことは一度も
ないので、そういう意味では、1000人収容のホールなのだからもっとお客さんに
聴いてもらえるのに、もったいないなぁと思うことはあります。
大学の講演会やシンポジウムでは、教授がゼミや講座の学生を学習の一環として強制
的に突っ込むことがよくありますが、個人的には、近隣地域の音大や音楽学部と連携
して常に一定数の学生を動員する、といった「営業」だってあってもいいと思います。
 

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